AIから学ぶ未来
今更いうことでもないが、これからの時代はAIとなる。
人は言葉をつかえるようになった。
言葉による文化の継承が人類を大きく進化させたことは間違いない。
その後、壁画に代表される絵が生まれることになり、その発展として、文字が生まれる。
紙媒体への文字や絵を印刷することで書籍となる。
この先に加速度的に進化していることは言うまでもない。
写真や蓄音機が生まれれば、動画という時代に入る。
エジソンの蓄音機が1877年となっているので、わずか150年ほどである。
文化は加速度的に進化する。
言葉が生まれてから、蓄音機が発明されるまでの時間と現在までの時間は正比例していない。
これらは文化を継承するための手段として、今後も発明は続く。
ここからが本題となるが、次にくるものは何かと考えれば、AIと誰でも容易に想像できる。
文化の継承は、自分の知識を次世代の人に伝えることである。
現在でも書籍や動画などで多くの文化人や偉人の情報を得ることはできる。
しかし、それらの情報を収集するだけでも膨大な時間が必要であり、知識を得るだけで人生が終わってしまう。
これからの時代には、必要な情報だけで確実にピックアップして、知ることができる機能である。
それを分別できるのはAIということになる。
ある子供の遺伝子を分析する。
その子供に適した学習内容で勉強させる。
これが未来に学習となることは間違いない。
学校の先生がAIになるなどというと違うと思うかもしれない。
しかし、それは絶対に到来する未来である。
人間がAIのサポートをする日がくることは間違いない。
現在でも、スーパーのレジでは、店員が計算することなく、お釣りが出てくる仕組みがある。
既に機械に人間が使われている存在だということである。
では、人間が必要ないのか?と思うかしれないが、それもない。
そもそも学校とは勉強だけをするところではなく、集団行動や友達を作ることも人生において大きな学びである。
コンピューターの中にいるAIでは、そこまで接することはできない。
一緒にドッチボールをすることや面談をして、悩みを聞くことは容易ではない。
そういった意味で人間が必要である。
しかしながら、学習プランをAIが作ることは間違いなく、新鋭の塾などが売り文句にする日は、すぐそこにあるだろう。
AIはデータ量が全てだと言っても過言ではないので、大手の塾が本気になれば、造作もないこと。通信教育の大手では既に実践しているのではないかと推測できる。
近年ではAIの登場で職場を奪われるという懸念があるが、人と接する仕事が無くなることはないと私は思う。
少々怖い話ではあるが、裁判官がAIになることはあるだろうか?
現在の司法制度では、あり得ると言わざるを得ないと私は考える。
深い話は別の機会に書くとして、一人殺して無期懲役、二人殺すと死刑という教科書通りの判決しか出ないのであれば、AIすら必要ないことは言うまでも無い。
マニュアルや規則通りの人間は、AIに置き換えられ、人間らしく生きているなら、人として生きていけると私は思う。